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上陸して早々にも何だかとんだ運びとなって来たけれど、小さなマドモアゼルに聞いてみりゃ、縁日や屋台を広げてる顔触れ以外の町の人々は、この期間はお店を早じまいしてしまうんだとか。そうして家族や知己と連れ立って“収穫祭”の見物やら運営のお手伝いやらに奔走するとかいう話なので。となると、やはり明日の朝までは補給も出来ぬとあって、俺らも暇な身の上には違いなく。どんな事情があろうが関係ないとばかり、この子を放り出して逐電することを選んだとしても。何も補給出来ないままに経つことへはまま諦めがついたとしたって、ログが全然溜まっていないから、やはり出発は出来ないし。…いやいや、いくらまだまだ小さなお子様が相手であれ、そんな非道なこと、フェミニストのこの俺が選ぶことを善しとはしませんけれどもね。
◇
こんなに夜も更けた時間帯だってのに、こんな小さなお嬢ちゃんがお外に出ていられたのも、島中という規模での大掛かりで有名な収穫祭が昨日から催されているからのこと。今年の豊饒を祝い、土地の神様へ感謝のご報告をするというのが本旨のお祭りで。収穫にまつわるものであるだけに、日中は作物の品評会やら様々な市やらが広場や通りごとに立っての大にぎわいだし、陽が落ちれば落ちたで、神社での神事を見物しつつ社務所で振る舞われるお神酒を頂戴したり、夜店や屋台を冷やかしたりと、大人もついつい羽目を外しての夜更かしをしてしまう。この数日間だけは、島の住民のみならず“遠来のお客様”というのも、少なくはない数があちこちを歩き回っていらっしゃるのだが。そこは観光ずれしていない、純朴な人の多い土地だからか、それとも…これまでに大きな事件が起きなかったから、今年もまま無事だろうとお気楽に構えてのことなのか。あまり警戒はしないまま、素直に浮かれて過ごす土地柄なため、こんな小さなお子様でも“お隣りのお姉さんと縁日を見に行く”とでも言えば、さして咎められることもなく外出出来たりもするらしく。
「お父さんもお母さんも、お兄ちゃんが帰って来ないのに、心配してないの。」
リサちゃんの話によれば、もう19歳だというお年頃だから。祭りに浮かれてついついと、友達の家で夜っぴて飲んでいるのだろうさなんて言うばかりで、誰もリサちゃんの話を真に受けてはくれない。でもね、
「お兄ちゃんのお友達のお家は、リサ、全部知ってるもん。」
朝からずっと回ってみたが、その何処にもいなかったし、職人仲間のお友達の中には他にも帰って来てない人が何人か。とはいえ、どの人も同じくらいの年頃のお兄さんばかりなので、やはりさほどには切羽詰まっての心配をする人もいないのだという。港が中心になった島の地図をテーブルへと広げつつ、リサちゃんのお話を聞いていたこちらの面々も、そりゃそうだろうよなとついつい納得しかかったものの、
「でもでも、お兄ちゃんはリサとの約束は破らないもんっ!」
子供だからってだけで、どこの大人にもお話を聞いてもらえなかったのが相当にもどかしかったのだろう。懸命になって声を張るお嬢ちゃんであり。テーブルへ手をついて身を乗り出す彼女へ、
「約束?」
チョッパーがひょこりと小首を傾げて見せると、さすがに激高は引っ込めて、うんと小さく頷いた。
「あのね? 明日の本宮で、リサ、お友達と“稚児舞い”っていうのを踊るの。」
小さい子供らが古式ゆかしい衣装をまとって、愛らしく舞う、恐らくは土地の神様への奉納舞いの1つなのだろうが、
「そいで、その時に頭につけるキラキラの簪かんざしを、お兄ちゃんが作ってくれてたのに…。」
おやや、たちまちお声がしぼんでしまい、俯いてしまったお嬢ちゃんであり。きっとそれが仕上がる前だったから、なのに帰って来ないなんておかしい、約束を守らないお兄ちゃんじゃないのにと、そうと連動しての不審と心配に小さなお胸を強ばらせていたリサちゃんだったと思われて。
「簪…か。」
何とも女の子らしいお道具と、そこへと連なる直感の、何とも愛らしくも健気なことか。フェミニストなシェフ殿ならずとも、楽しみにしていたものが、放っぽり出されたことの切ない辛さには、他の面々も胸を衝かれた様子であったが、
「職人仲間の何人かも戻っていないって言ってたね?」
ふと。ナミがそこのところを確かめる。小さなお嬢さんが頷くと、
「今思い出したんだけど、この島って、農作や牧畜・漁業だけじゃあない、細工ものでも結構有名なのよね。」
「細工もの?」
うんと頷き、手を伸ばしたナミがテーブル越しに触れたのは、リサちゃんのコーデュロイの上着の襟に光っていたブローチで。ほんの碁石ほどという小さいものだのに、よくよく見ると繊細な透かし彫りが施されており、
「これって…鳥籠だ。しかも中に小鳥もいるぞ。」
凄げぇ〜っと男衆たちさえもが驚いたそんなブローチを、さりげなくも普段着風のお洋服につけているということは、
「それってもしかして…。」
「うん。お兄ちゃんが作ってくれたの。」
よほど自慢なのだろう、にこぉっと、これまでで一番のいい笑顔になった彼女であり、そして、
「ということは、ただの賭場荒らしだけじゃ済まないかもね。」
「…はい?」
何でだか、ナミさんてば意味深な一言を洩らしてから、意を決するような吐息をついて見せた。
「で、あたしたちが居たのに出喰わしたのは、たまたまヒットしただけだけれど。こんな寂しい林の中へ何かやって来たのは、何か心あたりがあったからみたいね。」
そういえば、さっき何か言ってはいなかったかな?
『坂町に屋台を出してるおじさんたちが、
いつものお宿に泊まってなかったからなの。』
確かそんな風に言っていたような。それをあらためて確かめると、やはりリサちゃんは素直に頷き、
「お祭り毎に来るおじちゃんも変わるから、どんな人がいるのかまでは覚えてなかったけど、泊まるお宿はいつも同じだったの。坂町に近くて勝手のいい木賃のお宿。」
日頃はあまり客もない宿が賑わうのもまた、お祭りにはいつものことだったのに。今年は妙に静かだそうで、
「宵のお祭りだからと言っても、1日だけのもんじゃないのにね。」
少なくとも3日以上はあるというのだから、夜が忙しい屋台であるなら、昼間に寝ておく必要もあろうにね。だってのに仮眠用のお宿を取っていないというのは、確かに少々不自然なことかも。不自然云々はともかくも、どこに行くのかなって後を尾けてて…こっちの彼らのこっそりキャンプを見つけ、
「で、ゾロがその屋台のお兄さんに似てたから、飛び出して来ちまったと。」
うわ〜〜〜、真相というか経緯を改めてお浚いしてみると、何とも無謀なお嬢さんかってことまでもが赤裸々になってしまいましたが。それだけ無我夢中だったのねと、微笑ましいやら切ないやら、ちょっぴりしょっぱそうな、しんみりとしたお顔になったナミさんが、
「ってことは、この林のどっかに、問題の交換所か別の賭場があるってことよね。」
景品の交換所や賭場云々っていうのも、まだまだ憶測の域を出てはいないものなのだけれど、一途なリサちゃんが今日一日頑張って駆け回った結果として差した目串もまんざら的外れとは言えないと感じたか、
「チョッパー、あんたの鼻で人の気配を探してみて。」
「判ったっ!」
深く頷き合ったのは、あんたの頑張りにかかっているのよという期待へ、トナカイドクターの側もまた応じてのこと。リサちゃんと大差ない、ちょんもりした体格のムクムクトナカイさん、眸を閉じるとお鼻を少し高いところに差し上げて、木立ちの中の空気を探る。すっかりと秋めいた夜陰はほのかにひんやりしていて素っ気ないものの、海に間近いところな割にはあまり強い風も吹かなくて。
「ん〜〜〜と。」
山高帽の縁から覗く、小さなお耳もぴくぴくと震えているのは、音でも気配を探っているから。木立ちの中、広葉樹はそろそろ色づき始めている頃合いだったが下生えの草の方はまだ瑞々しいようで、歩みを進めてもそんなに足音は立たない。何かに引かれてか、それともなかなか気配とやらを探知出来ないからと場所を移しているのか、チョッパーが少しずつ立ち位置を進めていて、固唾を呑んで見守る面々から離れかかる。
「そっちに何かあるのか?」
「シッ、聞こえなくなるでしょっ。」
我慢が足りなくなったか口を開きかかったルフィの顔半分ごと両手で塞ぐようにして、ナミが背後からぎゅぎゅうとしがみついたのと同じタイミング、
「…こっちに誰かが居る。」
チョッパーが緊迫感に満ちた声を出した。さすがは用心深い草食動物さんだから、こういう探査への集中力も半端ではなく、
「見張りなのかな。今は一人でいるみたいだけれど、その回りにはそいつの他の沢山の別な人の気配がいっぱい残ってる。」
「ははぁん。そこを通ったお仲間や、彼らが連れて来た“お客様”が何人もいるってことね。」
自分たちもそれだからこそ上陸しておいて言うのもなんだが、こんな人気のない寂れたところへ、祭りの最中にわざわざ運ぶだなんて、怪しいとしか思えない。しかも、
「一人だけ居残ってる“見張り”が立ってるっていうのは、疚しいことだって自覚がある何よりの証しだわ。」
そういうのを盗っ人猛々しいって言うのよと、大威張りで胸を張るナミさんへ、ロビンさん辺りは判ってて、ルフィやチョッパーはよく判らずにそうだそうだという笑い方を返してたが、
“だから、俺らだって厳密に言や 疚しい側なんだってばよ。”
まあまあ、ウソップさん。(笑) そういや“確信犯”っていう言葉、日頃わたしたちがそれで良いんだと思って使ってたのと、実はちょこっと違うんですってね。悪い目が出るだろう失敗するだろうなんて結果が予想出来てる上で、若しくは犯罪に通じる いけないことだと判ってて、なのに知らん顔して手をつけることだっていうイメージがあったんですが、実は実は。それが犯罪だなんて欠片ほども思ってはいなくって、善行以外の何物でもなく誰からも喜ばれる幸いをもたらすことと堅く信じて行ったのに犯罪になっちゃった、悪意なんて全くなかったっていうよな、言ってみりゃまったく逆の場合に使うんだそうで。“緊急避難”っていう言い回しも、法律用語では、大きな難儀を避けるため仕方なく小さな不法行為を起こすことを差すといいますし、言葉ってのは奥が深い。
「物は言いようっての、よく言ったもんだよなぁ。」
「そこっ、何か言った?」
「何でもねぇってばよ。」
口が達者なウソップだっても、迫力じゃあ到底敵いませんと、慌てて口を塞いで見せてたり。(苦笑) そんなやり取りも実はこそこそとした小声でのもの。チョッパーを先頭に、そろりそろりと歩みを進めれば、明かりがない中、それでも自分の周囲にだけのそれとして、小さな小さなランタンランプを手近な木の梢から下げてる誰かが居るのがやっと見えて来て、
「…あれか?」
「おう。あいつの回りに、たくさん匂いが残ってる。」
それも結構新しいのがと付け加えられ、
「こんな晩にこんなところにってのは確かに不自然だな。」
「この暗さにあんな小さな明かりだけだなんて、全然堂々としてないし。」
まだ少し距離があるのと明かりが乏しいのとで、相手の顔立ちだのまでははっきりと見あらわせないものの、待ち合わせにしちゃあそわそわしてもおらず、辺りを見回す気配もないところからして、彼本人が道標代わりという役割には違いなく。しかも、
「…あいつだ。」
丁度ルフィとサンジとに挟まれるような位置にいた、小さな少女が思わずの呟きを洩らしてみせて。え?と、周囲の面々が視線を集めて来たのへ、
「あいつが“どれどれどっこ”の屋台にいた奴だ。」
相手に気づかれちゃうから大きな声を出しちゃいけないってこと、思い出しての掠れ声にて、されど懸命に声をくっきり張ってのお言葉。言われて再び、その見張り男を観察してみれば………
「…ちょっと待て。」
「何だ、ゾロ。」
「もしかして、あの“やさ男”が、俺と見間違えた夜店の兄んちゃんだってのか?」
「でしょうねぇ。」
「緑の頭ぁ短く頭刈ってるし。」
「そーいや、服装まで似てないか?」
ほのかな灯火と あとは月光だけが頼りの明るさなんで、ちょいと見分けはつけにくいけれど。確かに…髪は緑で、さんざん水をくぐらせたのが明白な、着くずしたシャツに腹巻きまで着用しており、片方の耳には棒のピアスをしても居る。だがだが、
「全っ然、似てねぇじゃねぇか。」
ご本人様が憤然とするのが判るほど、こうやって見てみると…タイプが違い過ぎるのが遠目にもよく判り、
「そだね。」
「ピアスも2本だけだし、右っ側だし。」
「もしかして向こうの方が、女に受けそうな今時の男前じゃねぇか?」
「そ〜か〜? 目付きが悪いとことかゾロにもよっく似てるぞ〜。」
「〜〜〜〜〜〜、ウソップ〜〜〜。」
言いたい放題がまた失敬千万な内容だと、更に機嫌を悪くした剣豪ではあったけれど、
「海賊稼業なんてもんに腰を落ち着けてるワルには違いないんだ。その頭と醸し出してる空気とで、あ、こいつがあの悪い奴って直感が働いただけだよなぁ? リサちゃん。」
「でも…。」
場の険悪さに紛れて気がつかなかったが、小さな少女の見せている“ごめんなさい”でいっぱいな項垂れた気配には…さしもの鬼神剣士も、
「う…。」
却って“難敵出現”と言わんばかりの渋面を作っていたりして。
「見たろ? 今の顔。こいつってば この見かけによらず、実は可愛いもんには腰砕けんなるくらいに苦手な奴でな。」
可笑そうに言い足すサンジへは、
「こんのグル眉〜〜〜〜っ。」
いい加減にせんと叩っ斬るぞと歯軋りもので言い返すゾロとあって、いつもの調子が戻っては来た模様でございますけれど、
「静かにしなさいってのっ!」
こんな手前で見つかっちゃあ、その騒ぎを感じ取って先にいる肝心な本拠が先に畳まれてしまう。ナミが拳骨つきで双璧二人を制したそこへ、
「…向こうから誰か来たぞ。」
チョッパーがわたわたと知らせ、全員が息を殺して待っていれば、
「よぉ、交替だぜ。」
同じくらいの年頃だろか、別な男が木立ちの奥の海側からやって来た。退屈でしょうがなかったから助かったと、言葉を返したこちらの緑頭が、
「そっちの賑わいはどんなもんなんだ?」
へらへらと訊いているのまでがよく聞こえるということは、周囲への警戒もないままな、油断しまくりな連中であるのらしく。
「首尾は上々。職人以外は適当に巻き上げて追い返してたけどよ。使えそうな奴ばかりが結構な数 集まって来たから、そろそろ締め切って集めた奴らを絞り始めてる。」
何が愉快なのか、くつくつ・ひっひっと何とも下卑た笑い方をし、
「昨夜からこっちは天国みてぇな勝ちっぷりだったのが、一気に奈落へ落ちるよな負けが込んでくりゃ、こんな筈はないって尚更熱くもなろうから。後は手もかからん、簡単なもんよ。」
まあ、いつものこったがな。素人しろと相手はこれだから面白いと、黙って聞いてりゃ好き勝手を言ってる輩たちであり、
「…あんの野郎〜〜〜〜っ。」
言いたい放題しやがってよと。単純明快、乾燥危険、火気厳禁な、我らが船長…よりも先んじて飛び出していたのが、瞬殺の飛び道具が顔を揃えた戦闘班の誇る、蹴撃の貴公子、サンジだったものだから。
「あいつはそのうち、料理や喧嘩じゃなく、女で身を滅ぼすな。」
「だな。」
ああまで雑魚が相手の時は、結構クールを通せる彼だのに。後をつけて本拠を探ろうと言われたばかりなのをさえ忘れ、あっと言う間に二人を伸してた激発ぶりで。何がそうまでコックさんを怒らせたのかは明白だなと。新しい不安の涙をその大きな瞳の縁へと浮かべてた、小さなお嬢さんをこそりと見やって苦笑したゾロとウソップだったりする。
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*小さい子連れて何やってるかなですが、
頑張ってる方です、ウチの彼らにしては。(笑) |